私の信仰の転機となったいくつかの出来事をとおして、信仰の基本的なところを確認していきましょう。
1.人間は罪人である
私は、したいと願う善を行わないで、したくない悪を行っています・・・それを行っているのは・・・私のうちに住んでいる罪です(Ⅰヨハネ1:3)
小学生1年生の頃です。私は園児だった二歳下の弟がまだお金の価値が分からず硬貨の数が多ければ嬉しがっているのにつけこみ、私の10円玉3枚と弟の100円玉1枚を交換していました。教えられなくても人間は悪いことをするものです。人間は生まれながらに罪人なのです。
2.聖霊によって悟る
御霊のことは御霊によって判断する[※悟る](Ⅰコリ2:14)
高校3年生の時、私は「うつ」になってしまいました。その苦しみの中で、祈りとみことばに打ち込みましたが、神様はどんどんと自分から離れてしまっていくように感じられました。しかし、ある聖日礼拝で代表の祈りを捧げた時、頭のてっぺんから足のつま先まで何か熱いものが流れる感覚とともに理屈抜きに神の「愛」を知ることができたのです。
3.指導者に従う
指導者の言うことを聞き、また服従しなさい(ヘブル13:17)
ある時、主任牧師を乗せて車を運転していました。道を誤りUターンをしなければならなくなり、そこは時間制限でUターン禁止をしている道路でしたが、あと5分で制限解除される時刻。私は牧師が父であったこともあり、その警告を無視してUターン。速攻で警察に捕まりました。指導者には従うべきであることを身を持って学ばされたものです。
説教者 高森恒喜師
(2018年10月21日礼拝説教の要約)