テキスト@伝道者7:16他 説教者:高森恒喜牧師
「過ぎたるは及ばざるが如し」は信仰にもあてはまります
1.真面目すぎてはいけない
ご覧なさい。あなたの弟子たちが、安息日にしてはならないことをしています(マタイ12:3)
パリサイ派の人々は律法(聖書の教え)に忠実であろうとする、とても真面目な人たちでした。しかし、それが過ぎるあまり、律法を守らない人(守れない人)を裁くようになってしまっていたのです。彼らは厳格になるがあまり、律法の本質である「愛」を見失ったのです。
2.優しすぎてはいけない
しかし、彼らは父の言うことを聞こうとしなかった(Ⅰサムエル2:25)
ここでいう「優しすぎる」というのは「優しさ」と「甘さ」を混同してしまっている状態です。優しい親は敬われますが、甘い親はなめられます。祭司エリは残念ながら甘い親だったようです。聖所でふとどきな所業を繰り返す息子たちを叱るも、息子たちはそれに耳を貸しませんでした。神の愛には慈しみだけではなく厳しさも含まれるのです。
3.考えすぎてはいけない
逆境の日にはよく考えよ。これもあれも、神のなさること。後のことを人に分からせないためである。(伝道者7:14)
よく考えることは大切です。しかし、考えすぎること。思いつめることはよくありません。神は「後のことを人に分からせない」お方です。いくら考えても、答えのでないことはたくさんあります。考えすぎるとかえって、真理を見失ってしまうこともあるので気を付けましょう。
(2020年7月19日の礼拝説教要約)