Nichinan Chapel

聖書の言葉、説教要約、小随想

新天新地を目指して

クリスチャンとしてのゴール(到達点)がどこにあるかをしっかりと理解しているでしょうか?ゴールを目指さず、そこに到達できるでしょうか?

1.最終目標としての新天新地

見よ、わたしは新しい天と新しい地を創造する。先のことは思い出されず、心に上ることもない(イザヤ65:17)

創造主なる神による人類救済計画の最終到達点は「新天新地」です。それは新約聖書の最後の書巻ヨハネの黙示録の最終章からも明らかです。神は「新天新地」を相続させるために私たちを選ばれたのです。私たちを子とすることも、聖霊を宿らせることも、キリストの十字架による贖いも全て私たちに「新天新地」を相続させるためです。

2.新天新地での私たちの在り方

もはや夜がない。神である主が彼らを照らされるので...太陽の光もいらない。彼らは世々限りなく王として治める(黙示22:5)

私たちは新天新地に入れば、後は永遠に楽しく気ままに過ごすのではありません。なぜなら、私たちは「新天新地」を相続するためだけに選ばれているのではなく、「キリストとともに王となる」(Ⅱテモテ2:12)ようにも選ばれているからです。私たちが地上で、どんなに小さな者であっても「王」としての誇りを忘れてはなりません。

3.王たる者の訓練としての人生

キリストは、神の御姿であられるのに...ご自分を空しくして、しもべの姿をとり、人間と同じようになられました(ピリピ2:6ー7)

王の王、主の主であるイエス様がこの地上においては「しもべ」として「様々な苦しみによって従順を学ばれた」(へブル5:8)ことを覚えましょう。王の王が、しもべのしもべとなられたのです。私たちも「キリストとともに王となる」ものとして、この地上での苦難をとおして、神のしもべとして従順を学んでいくのです。

(2022年9月11日の礼拝説教要約 説教者:高森恒喜牧師)