Nichinan Chapel

飫肥杉香る礼拝堂 日南チャペル

いつも、ともに

聖書箇所:マタイの福音書28章20節
神がともにおられることの素晴らしさを知る者となりましょう

1.ともにおられるイエス

見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。マタイの福音書 28章 20節

「主がともにおられる」。これほど力強い言葉はありません。全知全能の神が私たちの味方となり、導き、支え、勝利を与えてくださる。ですから、私たちは何も恐れる必要はありません。しかし、そのことを頭では十分理解していても、不安になってしまうことはあるでしょう。だからこそ、私たちは信仰について正しく知る必要があります。

2.見えない方を見る信仰

信仰によって、彼は...目に見えない方を見ているようにして、忍び通したのです。ヘブル人への手紙 11章 27節

「信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるもの」(ヘブ11:1)とあるように、目に見えない神を見るようにして生きることこそ「信仰生活」です。イエス様の「父のしておられることを見て行う」(ヨハ5:19)との言葉に、イエス様ご自身も、地上においては信仰の目をもって父なる神を見ておられたことを見出すことができます。そして、その信仰は祈りとみことばの生活の中に養われるのです。

3.見捨てない神

主があなたとともにおられる。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。恐れてはならない...申命記 31章 8節

私たちは神がともにおられることを感じることもあるし、感じないこともあるかもしれません。しかし、それはあくまでも人間の感覚でありあてにはなりません。感覚ではなく、揺るがない神の言葉に立ち、私の主は、私とともにおられることを宣言し、主は、決して見捨てることも、見放すこともないことに感謝を捧げましょう。

(2024年6月9日の礼拝説教要約 説教者:高森恒喜牧師)