聖書箇所:マルコの福音書4章26節‐29節
神の恵みの雨は全ての人に注がれています。しかし、その恵みに正しく応答しなければ、それが実りへとつながらないことを忘れてはなりません。
1.耕す責任は人にある
神である主は人を連れて来て、エデンの園に置き、そこを耕させ、また守らせた。創世記 2:15
アダムはエデンの園で遊び暮らしてたわけではありません。アダムはエデンの園を耕し、守っていたのです。その耕された土に、神が雨を降らせることによって、エデンは実りある地となったのです。エデンの園は私たちの只中にある神の国の象徴です。つまり、神の国の土を耕すことは、一人ひとりに委ねられているのです。
2.耕さなければ実りはない
信仰は聞くことから始まります。聞くことは、キリストについてのことばを通して実現するのです。ローマ10:17
信仰は聞くことから始まります。だからこそ、私たちは「聞き方に注意」(ルカ8:18)しなければならないのです。神の国は私たちの只中にありますが、もし、私たちが土を耕していなければ、蒔かれたみことばが芽を出し、成長し、豊かな実を実らせることはありません。私たちは子どものように、素直な心でみことばに聞かなければなりません。
3.耕された心はしもべの心
主が来て...「サムエル...」と呼ばれた。サムエルは「お話しください。しもべは聞いております」と言った。Ⅰサムエル3:10
少年サムエルが「お話ください。しもべは聞いております」と応答したときにはじめて、神のことばは彼に明らかにされました。同様に、私たちも神のことばを正しく聞くためには、しもべの心を持たなければなりません。しもべに求められるのは謙遜であり、従順であり、忠実です。神はそのような人を求められ、祝福されるのです。
(2024年8月25日の礼拝説教要約 説教者:高森恒喜牧師)