Nichinan Chapel

飫肥杉香る礼拝堂 日南チャペル

愛を示すことのできる幸い

私が食事を終えて、顔を上げると、そこには愕然とした表情の妻。

そして、震える声でこう言うのです。

「え? 全部食べたの?」

「うん、食べたけど?」

「え? 何で?」

「え? 何で… 何で… 何で?」

どこの家庭でもそうだと思っていたことが、実は自分の家庭だけの慣例だったということがありますよね。

妻の家では、外食時は、少しずつシェアするのが慣例。

それが、愛の証。

そんな感じだったようです。

この人には私への愛がないの? 

私を凝視する、驚きと、怒りと、恐れの入り混じる妻の目。

 

 

忘れることができません。

 

あれから二十八年、妻には肉の糧をシェアすることを通し、兄姉には霊の糧をシェアすることを通し、愛を示すことのできる幸い。