聖書箇所:コリント人への手紙第一15章
イエス・キリストの復活の教えはキリスト教の核となる出来事ですが、意外にその重要性が理解されていないこともあります。その重要性を今一度確認しましょう。
1.キリストの復活の出来事は実際の出来事である
最も大切なこととして伝えたのは...キリストは...私たちの罪のために死なれたこと...三日目によみがえられたこと...Ⅰコリント15:3〜4
死んだ人間が復活するなんてありえない。そう思うのは当然のことです。二千年前の人だったから、そんな馬鹿げたことを信じることができたのだと言う人もいるでしょう。しかし、二千年前の人にとっても復活は馬鹿らしく聞こえたのです。しかし、神はあえて人には愚かに聞こえる十字架の言葉をとおして、信じる人を救おうと定められました。
2.キリストの復活がなければ私たちの信仰はむなしい
キリストがよみがえらなかったとしたら、私たちの宣教は空しく、あなたがたの信仰も空しいものとなります。Ⅰコリント15:14
もし、キリストの復活の出来事がなければ、私たちの宣教も信仰もむなしい。それどころか、私たちはこの世で一番みじめな人間であるとまでパウロは言いました。果たして私たちはそれぐらいまでの重要性をキリストの復活に見出してるでしょうか?もし、私たちがキリストの復活に無関心であるとするなら、それは健全な信仰の状態ではありません。
3.キリストの復活は、私たちの復活の希望である
しかし、今やキリストは、眠った者の初穂として死者の中からよみがえられました。Ⅰコリント15:20
キリストの復活を信じることは、神の全能であることを信じること、また十字架における罪の赦し、贖いを信じること、さらには自らの復活を信じることでもあります。私たちもまたキリストと同じように復活すると聖書は教えます。すなわち、栄光のからだに変えられるのです。その時、私たちの個人的な救いは完成するのです。
2025年4月20日の礼拝説教要約(説教者:高森恒喜牧師)