Nichinan Chapel

飫肥杉香る礼拝堂 日南チャペル

手と足と目

マルコの福音書9章42節~48節

「わたしを信じるこの小さい者たちの一人をつまずかせる者は、むしろ、大きな石臼を首に結びつけられて、海に投げ込まれるほうがよい」

この言葉を具体的に想像するなら、なかなか衝撃的な映像が頭に思い浮かびます。まさか、イエス様がこんな暴力的な発言をされるなんて。耳を疑いたくなるかもしれません。

それほどに「小さい者」につまずきを与えることが教会にとって、どんなに大きな損失であるか。その深刻さを知って欲しい。イエス様はそう願っておられるのです。

続けてイエス様は「つまずき」の原因となる3つのことを示されました。それが手と足と目です。

手は「行い」です。多くの人がつまずくのは、クリスチャンがキリストの教えにふさわしい行いをしていない時です。

教会ではクリスチャン然として振る舞っているけれども、家に帰れば、不平不満、悪口や悪態ばかりであるなら、その人は自分の家庭において立派な「つまずき」となっているのです。

どうして、そんな行いをしてしまうのでしょうか? それは、その足が間違った方向に向き、間違った場所に身を置いているからです。

では、なぜ間違ったほうに向かってしまうのでしょうか? それは間違ったところにその目が向いているから、間違った「価値観」に囚われてしまっているからです。

 ですから、まず、私たちが取り組むべきは、聖書的な価値観を徹底的に身につけることです。クリスチャン生活がいくら長くなろうとも、聖書の知識をいくら身につけようとも、どれだけ奉仕をしようとも、聖書的価値観を身につけない人は、ただ「つまずき」にしかなりません。

2025年7月20日の礼拝説教要約 (説教者:高森恒喜師)