テキスト@エゼキエル18章32節他 説教者:高森恒喜師
信仰があれば鬱にならないのでしょうか?自殺は罪なのでしょうか?聖書をとおして考えていきましょう。
1.不信仰だから鬱になる?
私をこのように扱われるのなら、お願いです、どうか私を殺してください。(民数記11章15節)
クリスチャンが「うつ病」などになると、不信仰だ!祈りが不足している!と責め立てる人がいますが、それは一般常識としての医学的知識、また現状に関する認識が不足しています。偉大な信仰者でも「うつ病」になるし、その結果、最悪の選択をする例も後を絶ちません。
2.自殺は罪?
殺してはならない(出エジプト20:13)
精神疾患において特に問題となるのは「自殺」です。十戒の「殺してはならない」から、自殺は罪だと決めつける人もいますが、十戒が禁じているのはあくまでも、悪意をもって故意に他人を殺すことです。もちろん、自殺は神のみこころではありませんが、精神疾患の結果としてのそれを「罪」と断罪することはあまりにも短絡的と言えるでしょう。
3.医者にかかるのは不信仰?
医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人です(マルコ9:12)
医者にかかることを不信仰であると考えるのは極端です。肉体の病であれ、精神の病であれ、適切な治療を受けるべきです。極端で不健全な信仰のゆえに、適切な治療を受けないで、病が長引いてしまったり、手遅れになったりする方々がおられるのは残念なことです。神の宮として心身を正しく管理するために医者にかかることもまた信仰です。
(2019年11月17日礼拝説教要約)