Nichinan Chapel

聖書の言葉、説教要約、小随想

今週の聖句

小さき者こそ、偉大

あなたがたの中で一番小さい者が一番偉いのです。(ルカ9章48節) 「一番小さい者が一番偉い」とイエス様は言われました。そこには「自分自身の弱さや足りなさを知り、神の前にへりくだる人こそ、神に認められる人である」という意味も含まれるでしょう。…

ああ、不信仰な曲がった時代だ

ああ、不信仰な曲がった時代だ。いつまでわたしはあなたがたと一緒にいて、あなたがたに我慢しなければならないのか。(ルカ9:41) イエス様は時に弟子たちを強く叱責されることがありましたが、その多くは「不信仰」に関わることでした。その事実は不信…

あなたはわたしを、だれと言うのか

イエスは彼らに言われた。「あなたがたはわたしをだれだと言いますか。」ペテロが答えた。「神のキリストです」。(ルカ9章20節) 今から2千年前、パレスチナの地で30年余りの生涯を送ったイエスという人物に対して、どのような見解を持つか、それが私…

あなたの 信仰はどこにあるか?

イエスは彼らに対して、「あなたがたの信仰はどこにあるのですか」と言われた。(ルカ8章25節) 危機的状況にある時こそ、その人の信仰の真価が試されます。物事が順調に進み、安心安全な場所にいる時は、自分に信仰があるのかないのか、その信仰が本物な…

あなたの信仰があなたを救った

イエスは彼女に言われた。「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい」(ルカ7章50節) 聖書中、救いをはじめとして、なんらかの癒しや奇跡が起こる場合、それは癒される人の信仰であったり(マタイ9:22)癒す側の信仰であったり(ヨ…

泣かなくてもよい

主はその母親を見て深くあわれみ、「泣かなくてもよい」と言われた。(ルカ7:13) イエス様は私たちが悲しむ姿や、苦しむ姿を見て喜ばれるお方ではありません。むしろ、その姿をご覧になって、神ご自身、その心を痛めておられるのです。そして、ナインの…

自分の目から梁を取り除け

偽善者よ、まず自分の目から梁を取り除きなさい。そうすれば、兄弟の目のちりがはっきり見えるようになって、取り除くことができます。(ルカ6:42) 人の欠点は目につきがちです。身近だと、その対象は伴侶や子供、同級生や同僚であったりするでしょう。…

イエスから力が出て、すべての人を癒した

群衆はみな何とかしてイエスにさわろうとしていた。イエスから力が出て、すべての人を癒していた。(ルカ6:19) 全ての人を癒すイエス様の力はどこから来たのでしょう?その答えは次の聖書の言葉にあります。「イエスは御霊の力を帯びてガリラヤへ帰られ…

すべてを捨ててイエスに従った

彼らは舟を陸に着けると、すべてを捨ててイエスに従った。(ルカ5:11) 「あなたは人間を捕るようになる」(ルカ5:10)とイエス様が言われた時、その意味をペテロたちが十分に理解していたかは分かりません。ただ彼らが文字通り全てを捨ててイエス様に…

そのことばに権威があった

人々はその教えに驚いた。そのことばに権威があったからである。(ルカ4:32) イエス様の教えを聞いた時、聴衆がその話しの内容云々よりも先に強烈な印象を覚えたのは、イエス様のことばにある強大な「権威」でした。その印象は当時のユダヤ教の教師の教…

と、書いてある

イエスは悪魔に答えられた。「『人はパンだけで生きるのではない』と書いてある。」(ルカ4:4) イエス様は40日断食を終えた後、サタンの誘惑に遭われました。その時、イエス様はどのように対処されたでしょう?イエス様はサタンの惑わしの全てに、ただ…

悔い改めの実を結べ

だれが、迫り来る怒りを逃れるようにと教えたのか。それなら、悔い改めにふさわしい実を結びなさい。(ルカ3:7-8) 「木の良し悪しはその実によって分かります」(マタイ12:33)とイエス様は語られました。だから、実によって見分けなさいと(マタ…

断食と祈りをもって

彼女は宮を離れず、断食と祈りをもって、夜も昼も神に仕えていた。(ルカ2:37) 断食をすると分かるのは食事がどれだけ私たちの幸福感に寄与しているかということ。普段はそれほど食に関心がない人でも、断食をしてみると、それを痛感すると思います。そ…

心に思い巡らす

しかしマリアは、これらのことをすべて心に納めて、思いを巡らしていた。(ルカ2:19) 救世主誕生の知らせを受けた羊飼いたち。彼らの話しを聞いた人々が浮きたつ中、マリヤだけは感情的にならず、それらの出来事について思いを巡らしていました。私たち…

主がともにおられる

おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。(ルカ1:28) 創造主なる神が私たちに与えて下さる最高の「恵み」は「インマヌエルの恵み」すなわち「神ともにおられる」という恵みです。ともすると、私たちは経済面や健康面において祝福される…

自分自身を吟味しなさい

あなたがたは、信仰によって生きているかどうか、自分自身を試し、吟味しなさい。(Ⅱコリント13:5) 私たちは毎日神の前に罪を犯しています。具体的な行為としての罪は犯していなかったとしても、その言葉や態度、また思考にまで範囲を広げれば、今日は…

私は、自分自身を使い尽くす

私は、あなたがたのたましいのために大いに喜んで財を費やし、自分自身を使い尽くしましょう。(Ⅱコリント12:15) パウロは「宣べ伝える」働きだけではなく、「教え育てる」働きにも熱心でした。その熱意は彼の「あなたがたのたましいのために、大いに…

ひとりの夫、キリスト

私はあなたがたを清純な処女として一人の夫キリストに献げるために婚約させたのです(Ⅱコリント11:2) 私たちはキリストの花嫁として召された者です。ただ、忘れてはならないのは、私たちはまだ婚約中であるということです。花婿であるキリストと花嫁で…

比較するのは、愚かなこと

彼らは自分たちの間で自分自身を量ったり、互いを比較し合ったりしていますが、愚かなことです。(Ⅱコリント10:12) 多くの人が、最近で言うところのマウントを取りたがります。自分のほうを人よりも上に置きたいのです。時にはそれが信徒同士、牧師同…

あらゆる点で豊かに

あなたがたは、あらゆる点で豊かになって、すべてを惜しみなく与えるようになり、それが私たちをとおして神への感謝を生み出すのです。(Ⅱコリント9:11) 神は私たちが、あらゆる点で豊かになり、惜しみなく与える者となることを望んでおられます。その…

満ちあふれる喜び

彼らの満ちあふれる喜びと極度の貧しさは、苦しみによる激しい試練の中にあってもあふれ出て、惜しみなく施す富となりました。(Ⅱコリント8:2) 「喜び」と「貧しさ」は反比例するように思えますが、私たちの信仰生活においてはそうではありません。むし…

神のみこころに添った悲しみ

神のみこころに添った悲しみは、後悔のない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。(Ⅱコリント7:10) 「神のみこころに添った悲しみ」と「神のみこころに添わない悲しみ」があります。見分け方は簡単です。その悲しみが…

汚れたものに、触れてはならない

汚れたものに触れてはならない。そうすれば、わたしは、あなたがたを受け入れ、わたしはあなたがたの父となり、あなたがたはわたしの息子、娘となる。(Ⅱコリント6:17) 私たちは、イエス様を救い主として受け入れた時に、創造主なる神と「父と子」の関…

委ねられた和解の言葉

神はキリストにあって、この世をご自分と和解させ、背きの責任を人々に負わせず、和解のことばを私たちに委ねられました。(Ⅱコリント5:19) 神が「和解のことば」すなわち「福音」を人間に委ねられた。この事実には戸惑いを覚えます。 どうして、神ご自身…

保証としての御霊

そうなるのにふさわしく私たちを整えてくださったのは、神です。神はその保証として御霊を下さいました。(Ⅱコリント5:5) 「そうなるのにふさわしく」とは前後の文脈から「栄光のからだに変えられるにふさわしい者として」と読み取ることができます。終…

信じている、ゆえに語る

「私は信じています。それゆえに語ります」と書かれているとおり、それと同じ信仰の霊を持っている私たちも、信じているゆえに語ります。(Ⅱコリント4:13) ここで言うところの「私は信じています」は「福音を信じています」というだけでなく「私は神の守り…

主と同じ姿へ

私たちはみな、覆いを取り除かれた顔に、鏡のように主の栄光を映しつつ、栄光から栄光へと主と同じかたちに姿を変えられていきます。(Ⅱコリント3:18) 私たちが追求すべきは霊的成長です(ローマ14:19)。それはキリストの似姿へと変えられること…

文字は殺し、御霊は生かす

神は私たちに、新しい契約に仕える者となる資格をくださいました。文字に仕える者ではなく御霊に仕える者となる資格です。文字は殺し、御霊は生かすからです。(Ⅱコリント3:6) 「文字(律法)は殺し、御霊(聖霊)は生かす」という字面を見ると「律法」…

見よ、全てが新しくなった

だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って見よ、すべてが新しくなりました。(Ⅱコリント5:17) 「キリストのうちにあるなら」を「キリストに結ばれた人は」と訳している聖書もありますが、「キリストと一…

善であれ悪であれ、報いを受ける

私たちはみな、善であれ悪であれ、それぞれ肉体においてした行いに応じて報いを受けるために、キリストのさばきの座の前に現れなければならないのです。(Ⅱコリント5:10) 聖書は「救い」について教えていますが、同時に「報い」についても教えています…