Nichinan Chapel

飫肥杉香る礼拝堂 日南チャペル

今週の聖句

主のみこころであれば

主のみこころであれば、私たちは生きてこのこと、あるいは、あのことをしよう(ヤコブの手紙 4章 15節) 私たちがクリスチャンとして、物事を正しく判断するための規準。それが「神のみこころに叶うか否か」です。なぜ、いちいち、そんなことを考えなければ…

へりくだりなさい

主の御前でへりくだりなさい。そうすれば主があなたがたを高く上げてくださいます。(ヤコブの手紙 4章10節) 「へりくだり」は私たちが最も身に着けなければならない品性と言っても過言ではありません。というのも、神が最も忌み嫌われる罪が「高ぶり」だか…

神に近づきなさい

神に近づきなさい。そうすれば、神はあなたがたに近づいてくださいます。(ヤコブの手紙 4章 8節) 創造主なる神は私たち人間に自由意志を与えておられます。ゆえに、私たちの意志を無視して、無理やり関係を築かれようとはなさいません。つまり、私たちの側…

神に従い、悪魔に対抗しなさい。

神に従い、悪魔に対抗しなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。 (ヤコブの手紙 4章 7節) 「神に従い、悪魔に対抗する」とは具体的にどうすることでしょう?それは「人間の欲望にではなく、神のみこころに生きること」です(Ⅰペテ4:2)。…

義の実を結ばせる種

義の実を結ばせる種は、平和をつくる人々によって平和のうちに蒔かれるのです。(ヤコブの手紙 3章18節) 「正義」は蒔かれた種の実であり、その種を蒔くのは「平和をつくる人である」とヤコブは言っています。「平和をつくる者は幸いです」(マタイ5:9)と…

上からの知恵は、清い

上からの知恵は、まず第一に清いものです。それから、平和で、優しく、協調性があり、あわれみと良い実に満ち、偏見がなく、偽善もありません。 世の汚れに染まることをよしとし、怒りっぽく、意地悪でわがまま。いつも自分が正しいと思い、他人には無関心で…

知恵にふさわしい生き方をしなさい

あなたがたのうちで、知恵があり、分別のある人はだれでしょうか。その人はその知恵にふさわしい柔和な行いを、立派な生き方によって示しなさい。(ヤコブの手紙 3章 13節) モーセは民に「これ(神の命令)を守り行いなさい。そうすれば、それは諸国の民に…

行いがないなら、何の役に立つでしょう

私の兄弟たち。だれかが自分には信仰があると言っても、その人に行いがないなら、何の役に立つでしょうか。そのような信仰がその人を救うことができるでしょうか。(ヤコブの手紙2章14節) 聖書は「私たちは行いによっては救われない、ただ信仰によって救わ…

この世の汚れに染まらないよう

父である神の御前できよく汚れのない宗教とは、孤児ややもめたちが困っているときに世話をし、この世の汚れに染まらないよう自分を守ることです。(ヤコブの手紙 1章 27節) 宗教が無くなれば、争いも無くなる、との意見があります。しかし、それは違います…

みことばを行う人になりなさい

みことばを行う人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけません。(ヤコブの手紙 1章 22節) イエス様は「からし種ほどの信仰があれば」(マタ17:20)と言われました。それは、どんなに小さくとも神のことばに応答することの大切さを…

みことばを素直に受け入れなさい

すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを素直に受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。(ヤコブの手紙 1章 21節) イエス様は「子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに入…

聞くのに早く、語るのに遅く

人はだれでも、聞くのに早く、語るのに遅く怒るのに遅くありなさい。人の怒りは神の義を実現しないのです。(ヤコブの手紙 1章 19〜20節) 私たち人間には喜怒哀楽という感情が与えられています。それ自体は神様からの素晴らしい賜物です。しかし、感情が正…

すべての良い贈り物は、父から

すべての良い贈り物、またすべての完全な賜物は、上からのものであり、光を造られた父から下って来るのです。(ヤコブの手紙 1章 17節) 神様を信じて何になる?神様が一体何をしてくれる?そう言う人がいます。しかし、神様はすでに数えきれないほどのこと…

欲がはらみ罪を、罪が熟し死を

人が誘惑にあうのは、それぞれ自分の欲に引かれ、誘われるからです。そして、欲がはらんで罪を生み、罪が熟して死を生みます。(ヤコブの手紙 1章 14〜15節) どうして十戒の中に「欲しがってはならない」という戒めがあるのでしょう。それは「欲」こそが、…

試練に耐える人は幸い

試練に耐える人は幸いです。耐え抜いた人は神を愛する者たちに約束された、いのちの冠を受けるからです。(ヤコブの手紙1章12節) ヤコブ1章4節では試練に耐えた結果「完全な」キリスト者となることができる。だから、喜びなさい、と記されていました。し…

惜しみなく、咎めることなく

あなたがたのうちに、知恵に欠けている人がいるなら、その人は、だれにでも惜しみなくとがめることなく与えてくださる神に求めなさい。そうすれば与えられます。(ヤコブの手紙 1章 5節) 私たちの神は「惜しみなく、咎めることなく」与えてくださるお方、言…

試練を喜びなさい

様々な試練にあうときはいつでもこの上もない喜びと思いなさい。(ヤコブの手紙 1章2節) 「試練を喜びなさい」とは試練そのものを喜べということではありません。目前の試練が糧となって、自分自身を成熟したキリスト者とすることを望み見て喜べということ…

指導者に服従しなさい

指導者たちの言うことを聞きまた服従しなさい。(ヘブル人への手紙13章17節) 私たちの信じる神は「平和の神」です。そのことは私たちの信じる神が「秩序の神」であることを同時に示します。平和のあるところには必ず秩序があります。秩序の欠落した平和はあ…

賛美のいけにえをささげよう

私たちはイエスを通して、賛美のいけにえ、御名をたたえる唇の果実を、絶えず神にささげようではありませんか。(ヘブル人への手紙13章15節)」 神の子羊なるイエス様が私たちを贖うために十字架にご自身を捧げられたことにより、旧約時代のように牛や羊のい…

イエス・キリストは変わらない

イエス・キリストは、昨日も今日も、とこしえに変わることがありません。(ヘブル人への手紙 13章 8節) 「イエス・キリストはとこしえに変わることがない」この真理は私たちに多くのことを示しますが、その一つがイエス様はまことの神である、ということで…

今持っているもので満足しなさい

金銭を愛する生活をせずに、今持っているもので満足しなさい。主ご自身が「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない」と言われたからです。(ヘブル人への手紙 13章 5節) 物質的なものに関しては「今持っているもので満足しなさい」というのが…

いつも兄弟愛を

兄弟愛をいつも持っていなさい(ヘブル人への手紙 13章 1節) 「牢につながれている人々を、自分も牢にいる気持ちで思いやりなさい(ヘブ 13:3)」へブル人への手紙の著者は兄弟愛の具体的実践として、そう命じました。つまり、苦しんでいる人に共感しな…

神は焼き尽くす火

私たちの神は焼き尽くす火なのです。(ヘブル人への手紙 12章 29節) 私たちは神は「愛」であると同時に「焼き尽くす火」であることを忘れてはいけません。このことは神の中に相反する性質があることを示しているのではありません。神の裁きは神の愛の中に含…

神に喜ばれる礼拝を

このように揺り動かされない御国を受けるのですから、私たちは感謝しようではありませんか。感謝しつつ、敬虔と恐れをもって、神に喜ばれる礼拝をささげようではありませんか。(ヘブル人への手紙 12章28節) 私たちは「礼拝者」として造られました。私た…

聖さを追い求めよ

すべての人との平和を追い求め、また、聖さを追い求めなさい。聖さがなければ、だれも主を見ることができません。(ヘブル人への手紙 12章 14節) クリスチャンでなくとも「平和」を求めている人は多いかもしれませんが、果たして「聖さ」を求めている人はい…

主は訓練される

主はその愛する者を訓練し、受け入れるすべての子に、むちを加えられる(ヘブル人への手紙 12章 6節) モ―セはイスラエルの民に「あなたは、人がその子を訓練するように、あなたの神、主があなたを訓練されることを知らなければならない」(申8:5)と言いま…

イエスから目を離してはならない

信仰の創始者であり完成者であるイエスから、目を離さないでいなさい。この方は、ご自分の前に置かれた喜びのために、辱めをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されたのです。(ヘブル人への手紙 12章 2節) モーセが、はかない罪の楽しみより…

信じなければならない

信仰がなければ、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神がご自分を求める者には報いてくださる方であることを、信じなければならないのです。(ヘブル人への手紙 11章 6節) どうすれば神様を喜ばせることができるだろう?敬…

信仰によって悟る

信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、その結果、見えるものが、目に見えるものからできたのではないことを悟ります。(ヘブル人への手紙 11章 3節) 私たちが「目に見えない真理」を知るために必要なもの、それが「信仰」で…

信仰は保証、確信

信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです。(ヘブル人への手紙 11章 1節) 「神様がいるなら見せてみろ!」と言う人がたまにいますが神が目に見えるならば信仰は必要ありません。見えないからこそ信仰が必要なのであり、信仰…