Nichinan Chapel

聖書の言葉、説教要約、小随想

今週の聖句

悪いことばを口にしてはならない

悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。むしろ、必要なときに、人の成長に役立つことばを語り、聞く人に恵みを与えなさい。(エペソ4:29) 「悪いことば」とは悪口や意地悪いことばだけでなく「わいせつなこと、愚かなおしゃべり、下品な冗談…

怒っても、罪を犯してはなりません

怒っても、罪を犯してはなりません。憤ったままで日が暮れるようであってはいけません。悪魔に機会を与えないようにしなさい。(エペソ4:26-27) 悪魔と悪霊たちの最たる願い。それは私たちを滅ぼすことです。彼らのために用意された永遠の火(マタイ…

キリストの満ち満ちた身丈にまで

私たちはみな、神の御子に対する信仰と知識において一つとなり、一人の成熟した大人となって、キリストの満ち満ちた身丈にまで達するのです。(エペソ4:13) イエス様を救い主(キリスト)として受け入れ、洗礼を受けて、それで全てが達成されたかのよう…

私たちの願うところをはるかに超えて

私たちのうちに働く御力によって、私たちが願うところ、思うところのすべてをはるかに超えて行うことのできる方・・・(エペソ3:20) 「私たちのうちに働く御力」すなわち「聖霊」によって、神は私たちの考えをはるかに超えた素晴らしいことをなさると聖…

御霊により、強められる

御父が、その栄光の豊かさに従って、内なる人に働く御霊により、力をもってあなたがたを強めてくださいますように。(エペソ3:16) 「栄光の豊かさ」という部分を、ある聖書の翻訳では「無限の資源」と訳されていました。聖書はイエス様をキリスト(救い…

教会を通し、神の知恵が

天上にある支配と権威に、教会を通して神のきわめて豊かな知恵が知らされる(エペソ3章10節) 「天上にある支配と権威」が何を指すかは解釈が分かれます。「天使」であるとの説もあり、「悪霊(堕落した天使)」であるとの説もあります。明確なのは神の人…

私たちは神の家族

あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、聖徒たちと同じ国の民であり、神の家族なのです。(エペソ2章19節) イエス様を救い主(キリスト)として心に受け入れる全ての人は「永遠のいのち」を得ます。「血」は「命」であるとの聖書的な見解から「…

私たちは神の家族

あなたがたは、もはや他国人でも寄留者でもなく、聖徒たちと同じ国の民であり、神の家族なのです。(エペソ2章19節) イエス様を救い主(キリスト)として心に受け入れる全ての人は「永遠のいのち」を得ます。「血」は「命」であるとの聖書的な見解から「…

私たちは神の作品

私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。(エペソ2章10節) 「私は神の作品である」という自己認識。これは私たちが健全な信仰生活を送る上で重要なことです。神の作品との自己認識が確立する時、他人の…

恵みによって、信仰によって

恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。(エペソ2章8節) 「救い」は神様からのプレゼント(賜物)です。プレゼントですから、私たちはただそれを受け取るだけで良いわけですが、ど…

教会はキリストのからだである

教会はキリストのからだであり、すべてのものをすべてのもので満たす方が満ちておられるところです。(エペソ1章23節) 「教会」は「キリストのからだ」である。それはイエス様は教会をとおして地上でのご自身の働きを継続しておられるということをも意味…

聖霊は御国を受け継ぐ保証

聖霊は私たちが御国を受け継ぐことの保証です。このことは、私たちが贖われて神のものとされ、神の栄光がほめたたえられるためです。(エペソ1章14節) 「血肉のからだは神の国を相続できません」(Ⅰコリント15:50)とあるとおり、神の国を相続するた…

あらかじめ定められていた

キリストにあって、私たちは御国を受け継ぐ者となりました。すべてをみこころによる計画のままに行う方の目的にしたがい、あらかじめそのように定められていたのです。(エペソ1章11節) 私たちは御国を受け継ぐ者として、あらかじめ定められていると聖書は…

キリストの血による罪の赦し、贖い

キリストにあって、私たちはその血による贖い、背きの罪の赦しを受けています。これは神の豊かな恵みによることです。(エペソ1章7節) 「血」は人間が生命活動を維持していく上でとても大事なものですが、同時に「血」は人間にとって「気持ち悪い」と感じ…

永遠の昔からの選び

神は、世界の基が据えられる前から、この方にあって私たちを選び、御前に聖なる、傷のない者にしようとされたのです。(エペソ1章4節) 私たちは天地万物が創造される前から神によって救いに選ばれていた。この教えは私たち人間には理解しがたいことですが…

十字架以外、誇りはない

私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが、決してあってはなりません。(ガラテヤ6章14節) 良い意味で「誇り」を持つことは大切なことでしょう。たとえば自分の仕事に「誇り」を持って取り組むことは素晴らしいことです。しかし、その…

失望せず、善を行え!

失望せずに善を行いましょう。あきらめずに続ければ、時が来て刈り取ることになります。(ガラテヤ6章9節) 私たちは善行をするために救われました(エペソ2:10)。しかし、地上においてはその善行に対する報いを得ることができないこともしばしばあり…

互いに重荷を負い合いなさい

互いの重荷を負い合いなさい。そうすればキリストの律法を成就することになります。(ガラテヤ6章2節) イエス様の至上命令「互いに愛し合いなさい」の具体的な実践の一つが「互いに重荷を負い合う」ことです。リビングバイブルでは「互いの重荷」を「互い…

御霊によって進もう

私たちは御霊によって生きているのなら、御霊によって進もうではありませんか。(ガラテヤ5章25節) 御霊によって生き、御霊によって進むために大切な信仰の土台が上記の御言葉の前節に記されています。「キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、情欲や…

自由を与えられるために

兄弟たち。あなたがたは自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕え合いなさい。(ガラテヤ5章13節) クリスチャンになったら品行方正に生きることが求められて、窮屈な生活を強いられるのでは…

大事なのは愛によって働く信仰

キリスト・イエスにあって大事なのは、割礼を受ける受けないではなく、愛によって働く信仰なのです。(ガラテヤ5章6節) 「愛によって働く信仰」が大事と言われても、その言葉に何か漠然とした印象を受けるのは私だけでしょうか?主たる日本語訳聖書がほぼ…

キリストが形造られるまで

私の子どもたち。あなたがたのうちにキリストが形造られるまで、私は再びあなたがたのために産みの苦しみをしています。(ガラテヤ4章19節) 福音によって、それを聞く人々の内にキリストが形造られること、すなわち、私たちが日々、イエス・キリストの似…

あなたがたは、神の子ども

あなたがたはみな、信仰により、キリストイエスにあって神の子どもです。(ガラテヤ3章26節) 父なる神は、私たちとの関係を回復するため、御子イエス様を地上に遣わされました。イエス様は十字架のみわざによって、私たちと父なる神との関係を回復してくだ…

信仰に生きる人が、祝福を受ける

ですから、信仰によって生きる人々が、信仰の人アブラハムとともに祝福を受けるのです。(ガラテヤ3章9節) アブラハムは神の何を信じたのでしょう?それは神の全能なることと、神の真実なることです。彼は神の無限の力と無限の愛を信じたのです。これこそ…

私ではなく、キリストが生きている

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。(ガラテヤ2:19-20) 「もはや私が生きているのではない」という真理を悟り、その真理に堅く根ざして生きることができるな…

悪の時代から救い出すため

キリストは、今の悪の時代から私たちを救い出すために、私たちの罪のためにご自分を与えてくださいました。(ガラテヤ1:4) パウロは今の時代は「悪の時代」であると言いました。「今の時代」は彼の在世当時に限られることではありません。私たちが生きて…

私たちの心は燃えていたではないか

二人は話し合った。「道々お話しくださる間私たちに聖書を説き明かしてくださる間、私たちの心は内に燃えていたではないか。」(ルカ24章32節) パウロはその手紙の中で「霊に燃え、主に仕えなさい」(ローマ12:12)と記しています。では「霊に燃や…

ここにはおられません。よみがえられたのです。

あなたがたは、どうして生きている方を死人の中に捜すのですか。ここにはおられません。よみがえられたのです。(ルカ24章5-6節) キリスト教とは文字通り、キリストの教えを学ぶという側面もあります。もちろん、それも大事なことです。しかし、同じく…

父よ、彼らをお赦しください

父よ、彼らをお赦しください。彼らは自分が何をしているのかが、分かっていないのです。(ルカ23章34節) 十字架上でイエス様は「彼らは自分が何をしているのかが、分かっていない」と言われましたが、それは自分を十字架につけた人々への憤りから出た言…

人の子は力ある 神の右の座に着く

今から後、人の子は力ある神の右の座に着きます。(ルカ22章69節) イエス様は昇天されて後「神の右の座」に着かれました(マルコ16:19)が、今、そこで何をしておられるのでしょう?イエス様は人間が作ったのではない「まことの幕屋、聖所」で仕え…