Nichinan Chapel

聖書の言葉、説教要約、小随想

今週の聖句

失望せず、善を行え!

失望せずに善を行いましょう。あきらめずに続ければ、時が来て刈り取ることになります。(ガラテヤ6章9節) 私たちは善行をするために救われました(エペソ2:10)。しかし、地上においてはその善行に対する報いを得ることができないこともしばしばあり…

互いに重荷を負い合いなさい

互いの重荷を負い合いなさい。そうすればキリストの律法を成就することになります。(ガラテヤ6章2節) イエス様の至上命令「互いに愛し合いなさい」の具体的な実践の一つが「互いに重荷を負い合う」ことです。リビングバイブルでは「互いの重荷」を「互い…

御霊によって進もう

私たちは御霊によって生きているのなら、御霊によって進もうではありませんか。(ガラテヤ5章25節) 御霊によって生き、御霊によって進むために大切な信仰の土台が上記の御言葉の前節に記されています。「キリスト・イエスにつく者は、自分の肉を、情欲や…

自由を与えられるために

兄弟たち。あなたがたは自由を与えられるために召されたのです。ただ、その自由を肉の働く機会としないで、愛をもって互いに仕え合いなさい。(ガラテヤ5章13節) クリスチャンになったら品行方正に生きることが求められて、窮屈な生活を強いられるのでは…

大事なのは愛によって働く信仰

キリスト・イエスにあって大事なのは、割礼を受ける受けないではなく、愛によって働く信仰なのです。(ガラテヤ5章6節) 「愛によって働く信仰」が大事と言われても、その言葉に何か漠然とした印象を受けるのは私だけでしょうか?主たる日本語訳聖書がほぼ…

キリストが形造られるまで

私の子どもたち。あなたがたのうちにキリストが形造られるまで、私は再びあなたがたのために産みの苦しみをしています。(ガラテヤ4章19節) 福音によって、それを聞く人々の内にキリストが形造られること、すなわち、私たちが日々、イエス・キリストの似…

あなたがたは、神の子ども

あなたがたはみな、信仰により、キリストイエスにあって神の子どもです。(ガラテヤ3章26節) 父なる神は、私たちとの関係を回復するため、御子イエス様を地上に遣わされました。イエス様は十字架のみわざによって、私たちと父なる神との関係を回復してくだ…

信仰に生きる人が、祝福を受ける

ですから、信仰によって生きる人々が、信仰の人アブラハムとともに祝福を受けるのです。(ガラテヤ3章9節) アブラハムは神の何を信じたのでしょう?それは神の全能なることと、神の真実なることです。彼は神の無限の力と無限の愛を信じたのです。これこそ…

私ではなく、キリストが生きている

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。(ガラテヤ2:19-20) 「もはや私が生きているのではない」という真理を悟り、その真理に堅く根ざして生きることができるな…

悪の時代から救い出すため

キリストは、今の悪の時代から私たちを救い出すために、私たちの罪のためにご自分を与えてくださいました。(ガラテヤ1:4) パウロは今の時代は「悪の時代」であると言いました。「今の時代」は彼の在世当時に限られることではありません。私たちが生きて…

私たちの心は燃えていたではないか

二人は話し合った。「道々お話しくださる間私たちに聖書を説き明かしてくださる間、私たちの心は内に燃えていたではないか。」(ルカ24章32節) パウロはその手紙の中で「霊に燃え、主に仕えなさい」(ローマ12:12)と記しています。では「霊に燃や…

ここにはおられません。よみがえられたのです。

あなたがたは、どうして生きている方を死人の中に捜すのですか。ここにはおられません。よみがえられたのです。(ルカ24章5-6節) キリスト教とは文字通り、キリストの教えを学ぶという側面もあります。もちろん、それも大事なことです。しかし、同じく…

父よ、彼らをお赦しください

父よ、彼らをお赦しください。彼らは自分が何をしているのかが、分かっていないのです。(ルカ23章34節) 十字架上でイエス様は「彼らは自分が何をしているのかが、分かっていない」と言われましたが、それは自分を十字架につけた人々への憤りから出た言…

人の子は力ある 神の右の座に着く

今から後、人の子は力ある神の右の座に着きます。(ルカ22章69節) イエス様は昇天されて後「神の右の座」に着かれました(マルコ16:19)が、今、そこで何をしておられるのでしょう?イエス様は人間が作ったのではない「まことの幕屋、聖所」で仕え…

あなたに王権を委ねる

わたしの父がわたしに王権を委ねてくださったように、わたしもあなたがたに王権を委ねます。(ルカ22章29節) 「耐え忍んでいるなら、キリストとともに王となる」(Ⅱテモテ2:12)とあるように、私たちはキリストとともに新天新地を治める者として選…

いつも、目を覚まして、祈れ

しかし、あなたがたは、必ず起こるこれらすべてのことを逃れて、人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈っていなさい。(ルカ21章36節) 聖書には終末の予兆としての事象が具体的に記されています。そして、それらの予兆が今現在、世…

天のもろもろの力が揺り動かされる

人々は、この世界に起ころうとしていることを予測して、恐ろしさのあまり気を失います。天のもろもろの力が揺り動かされるからです。(ルカ21章26節) 大地震や大飢饉、疫病の大流行などは、これまでの人類の歴史の中で何度も繰り返されて来たこと。しか…

乏しい中から、すべてを

あの人たちはみな、あり余る中から献金として投げ入れたのに、この人は乏しい中から、持っていた生きる手立てのすべてを投げ入れたのです。ルカ21章4節) 手元にある全ての生活費を献金箱に投げ入れた極貧の未亡人。私たちはそこに彼女の持っていた偉大な…

彼らが死ぬことは、もうあり得ない

彼らが死ぬことは、もうあり得ないからです。彼らは御使いのようであり、復活の子として神の子なのです。(ルカ20章36節) サドカイ人(サドカイ派)との復活論争で、イエス様が引用された聖書箇所に疑問を感じる方もおられるかもしれません。もっと適切…

神のものは神に

すると、イエスは彼らに言われた。「ではカエサルのものはカエサルに、神のものは神に返しなさい。」(ルカ20章25節) クリスチャンは神の国の市民とされ、地に属する者ではなく、天に属する者とされました。ただ、だからと言って地上の国民としての責務…

主がお入り用なのです

もし「どうして、ほどくのか」とだれかが尋ねたら、「主がお入り用なのです」と言いなさい。(ルカ19章31節) ロバは聖書中、実に不思議な取り扱いを受ける動物。 特に不思議なのが、ろばの初子だけは、人間と同じように「羊で贖わなければならない」(…

持っている者はさらに与えられる

だれでも持っている者はさらに与えられ、持っていない者からは、持っている物までも取り上げられるのだ。(ルカの福音書19:26) 「持っている者は与えられ、持っていない者は取り上げられる」という言葉は一見、ひどいことのように思えます。ある人は、…

失われた者を救うために

人の子は、失われた者を捜して救うために来たのです ルカの福音書19:10 イエス様は、まことの神から迷い出て、サタンの支配下で苦しんでいる「選びの民」を解放するために地上に来てくださいました。イエス様は私たちを救うために神としてのあり方を捨…

祈れ!失望するな!

いつでも祈るべきで、失望してはいけない(ルカの福音書18:1) 「祈り」は私たちに「希望」を与えるとイエス様は教えられました。祈りの生活が失われると私たちの人生には希望が失われてしまうとも言えます。何故でしょうか? それは「祈らない」という…

なすべきことをしただけです

自分に命じられたことをすべて行なったら「私たちは取るに足りないしもべです。なすべきことをしただけです」と言いなさい。(ルカの福音書17:10) イエス様は私たちのことを「友」と呼んでくださいますが、それでもなお私たちはイエス様の「しもべ」で…

たとえ、誰かが生き返っても

アブラハムは彼に言った。「モーセと預言者」たちに耳を傾けないのなら、たとえ、だれかが死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない。」(ルカの福音書16:31) モーセと預言者」とは聖書のこと。イエス様は私たちを永遠の命に至らせるのは「奇跡…

罪人が悔い改めるなら、天には大きな喜びがある

一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にあるのです。(ルカの福音書15:7) ひとりの人がイエス様を救い主として受け入れる決心をする時、天には大歓声が湧き起こります。なぜなら、それは天…

高くする者は低くされ、低くする者は高くされ

だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるのです。(ルカの福音書14章11節) 「王の王」なるイエス様が地上では「しもべ」として歩まれたように、イエス様と共に「王」となるべく選ばれた私たちも地上では「しもべ」として歩むこと…

今日も明日も、その次の日も

わたしは今日も明日も、その次の日も進んで行かなければならない。(ルカ13章33節) イエス様は地上での人生において、ただ自らの使命を果たすことだけに心を傾けておられました。パウロもまた同様に後ろのものを忘れ、ただひたむきに前に向かって進みま…

悔い改めないなら滅びる

わたしはあなたがたに言います。あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます。(ルカ13章5節) イエス様はシロアムの塔倒壊事故を引き合いに、その事故が亡くなった人の罪ゆえに起こったと思うのか?と問われました。今日も、震災などが起こる…