Nichinan Chapel

聖書の言葉、説教要約、小随想

今週の聖句

ここにはおられません。よみがえられたのです。

あなたがたは、どうして生きている方を死人の中に捜すのですか。ここにはおられません。よみがえられたのです。(ルカ24章5-6節) キリスト教とは文字通り、キリストの教えを学ぶという側面もあります。もちろん、それも大事なことです。しかし、同じく…

父よ、彼らをお赦しください

父よ、彼らをお赦しください。彼らは自分が何をしているのかが、分かっていないのです。(ルカ23章34節) 十字架上でイエス様は「彼らは自分が何をしているのかが、分かっていない」と言われましたが、それは自分を十字架につけた人々への憤りから出た言…

人の子は力ある 神の右の座に着く

今から後、人の子は力ある神の右の座に着きます。(ルカ22章69節) イエス様は昇天されて後「神の右の座」に着かれました(マルコ16:19)が、今、そこで何をしておられるのでしょう?イエス様は人間が作ったのではない「まことの幕屋、聖所」で仕え…

あなたに王権を委ねる

わたしの父がわたしに王権を委ねてくださったように、わたしもあなたがたに王権を委ねます。(ルカ22章29節) 「耐え忍んでいるなら、キリストとともに王となる」(Ⅱテモテ2:12)とあるように、私たちはキリストとともに新天新地を治める者として選…

いつも、目を覚まして、祈れ

しかし、あなたがたは、必ず起こるこれらすべてのことを逃れて、人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈っていなさい。(ルカ21章36節) 聖書には終末の予兆としての事象が具体的に記されています。そして、それらの予兆が今現在、世…

天のもろもろの力が揺り動かされる

人々は、この世界に起ころうとしていることを予測して、恐ろしさのあまり気を失います。天のもろもろの力が揺り動かされるからです。(ルカ21章26節) 大地震や大飢饉、疫病の大流行などは、これまでの人類の歴史の中で何度も繰り返されて来たこと。しか…

乏しい中から、すべてを

あの人たちはみな、あり余る中から献金として投げ入れたのに、この人は乏しい中から、持っていた生きる手立てのすべてを投げ入れたのです。ルカ21章4節) 手元にある全ての生活費を献金箱に投げ入れた極貧の未亡人。私たちはそこに彼女の持っていた偉大な…

彼らが死ぬことは、もうあり得ない

彼らが死ぬことは、もうあり得ないからです。彼らは御使いのようであり、復活の子として神の子なのです。(ルカ20章36節) サドカイ人(サドカイ派)との復活論争で、イエス様が引用された聖書箇所に疑問を感じる方もおられるかもしれません。もっと適切…

神のものは神に

すると、イエスは彼らに言われた。「ではカエサルのものはカエサルに、神のものは神に返しなさい。」(ルカ20章25節) クリスチャンは神の国の市民とされ、地に属する者ではなく、天に属する者とされました。ただ、だからと言って地上の国民としての責務…

主がお入り用なのです

もし「どうして、ほどくのか」とだれかが尋ねたら、「主がお入り用なのです」と言いなさい。(ルカ19章31節) ロバは聖書中、実に不思議な取り扱いを受ける動物。 特に不思議なのが、ろばの初子だけは、人間と同じように「羊で贖わなければならない」(…

持っている者はさらに与えられる

だれでも持っている者はさらに与えられ、持っていない者からは、持っている物までも取り上げられるのだ。(ルカの福音書19:26) 「持っている者は与えられ、持っていない者は取り上げられる」という言葉は一見、ひどいことのように思えます。ある人は、…

失われた者を救うために

人の子は、失われた者を捜して救うために来たのです ルカの福音書19:10 イエス様は、まことの神から迷い出て、サタンの支配下で苦しんでいる「選びの民」を解放するために地上に来てくださいました。イエス様は私たちを救うために神としてのあり方を捨…

祈れ!失望するな!

いつでも祈るべきで、失望してはいけない(ルカの福音書18:1) 「祈り」は私たちに「希望」を与えるとイエス様は教えられました。祈りの生活が失われると私たちの人生には希望が失われてしまうとも言えます。何故でしょうか? それは「祈らない」という…

なすべきことをしただけです

自分に命じられたことをすべて行なったら「私たちは取るに足りないしもべです。なすべきことをしただけです」と言いなさい。(ルカの福音書17:10) イエス様は私たちのことを「友」と呼んでくださいますが、それでもなお私たちはイエス様の「しもべ」で…

たとえ、誰かが生き返っても

アブラハムは彼に言った。「モーセと預言者」たちに耳を傾けないのなら、たとえ、だれかが死人の中から生き返っても、彼らは聞き入れはしない。」(ルカの福音書16:31) モーセと預言者」とは聖書のこと。イエス様は私たちを永遠の命に至らせるのは「奇跡…

罪人が悔い改めるなら、天には大きな喜びがある

一人の罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人のためよりも、大きな喜びが天にあるのです。(ルカの福音書15:7) ひとりの人がイエス様を救い主として受け入れる決心をする時、天には大歓声が湧き起こります。なぜなら、それは天…

高くする者は低くされ、低くする者は高くされ

だれでも自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされるのです。(ルカの福音書14章11節) 「王の王」なるイエス様が地上では「しもべ」として歩まれたように、イエス様と共に「王」となるべく選ばれた私たちも地上では「しもべ」として歩むこと…

今日も明日も、その次の日も

わたしは今日も明日も、その次の日も進んで行かなければならない。(ルカ13章33節) イエス様は地上での人生において、ただ自らの使命を果たすことだけに心を傾けておられました。パウロもまた同様に後ろのものを忘れ、ただひたむきに前に向かって進みま…

悔い改めないなら滅びる

わたしはあなたがたに言います。あなたがたも悔い改めないなら、みな同じように滅びます。(ルカ13章5節) イエス様はシロアムの塔倒壊事故を引き合いに、その事故が亡くなった人の罪ゆえに起こったと思うのか?と問われました。今日も、震災などが起こる…

宝のあるところに心もある

あなたがたの宝のあるところ、そこにあなたがたの心もあるのです(ルカ12章34節) 私たちの心は「天」にあるか、もしくは「地」にあるかのどちらかであると聖書は教えます。そして、どうすれば心が天にあるようにすることができるかについても明快に教え…

ゲヘナに投げ込む権威を持つ方を恐れよ

恐れなければならない方を、あなたがたに教えてあげましょう。殺した後で、ゲヘナに投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい。(ルカ12章5節) 神は私たちを地獄に落とす権威を持っているから恐れなければならない、と聖書は教えます。しかし、ある箇…

内にあるものを施しに用いよ

内にあるものを施しに用いなさい。そうすれば、見よ、あなたがたにとって、すべてのものがきよいものとなります。(ルカ11章41節) 儀式的きよさにばかり心を奪われ、それが象徴するところの内側のきよさを軽んじるようになった人たちにイエス様は直言さ…

神の国は もう来ている

しかし、わたしが神の指によって悪霊どもを追い出しているなら、もう神の国はあなたがたのところに来ているのです。(ルカ11章20節) 「神の指」によって天は整えられ(詩8:8)「神の指」によってエジプトは裁かれ(出8:19)「神の指」によって十戒は…

父なる神は聖霊を与えてくださる

天の父はご自分に求める者たちに聖霊を与えてくださいます。(ルカ11章13節) イエス様は私たちに「求めよ、探せ、たたけ」と言われます。それに応答し、私たちは何を求め、探し、たたいているでしょうか?もし、私たちが地上のことばかりを求めていたら…

必要なことは一つだけ

あなたはいろいろなことを思い煩って心を乱しています。しかし、必要なことは一つだけです。(ルカ10章42節) 聖書は「何も思い煩うな」と教えます。ただ、そんなことを言われても、と思う人もおられるでしょう。確かに人生には大小さまざまな問題が起こ…

あなたの名は天に書き記されている

霊どもがあなたがたに服従することを喜ぶのではなく、あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。(ルカ10章20節) あなたの名が天に書き記されているからこそ、わたしの名を使えば、悪霊たちも服従するのだ。悪霊が服するというのはあくま…

イエスは振り向いて、二人を叱られた

イエスは振り向いて、二人を叱られた。(ルカ9章55節) 福音書を読むとイエス様は弟子たちをよく叱られていたように思われます。弟子たちに叱られるような言動が多かったこともありますが「主は愛する者を叱る」(箴言3:12)とあるように、弟子たちを…

小さき者こそ、偉大

あなたがたの中で一番小さい者が一番偉いのです。(ルカ9章48節) 「一番小さい者が一番偉い」とイエス様は言われました。そこには「自分自身の弱さや足りなさを知り、神の前にへりくだる人こそ、神に認められる人である」という意味も含まれるでしょう。…

ああ、不信仰な曲がった時代だ

ああ、不信仰な曲がった時代だ。いつまでわたしはあなたがたと一緒にいて、あなたがたに我慢しなければならないのか。(ルカ9:41) イエス様は時に弟子たちを強く叱責されることがありましたが、その多くは「不信仰」に関わることでした。その事実は不信…

あなたはわたしを、だれと言うのか

イエスは彼らに言われた。「あなたがたはわたしをだれだと言いますか。」ペテロが答えた。「神のキリストです」。(ルカ9章20節) 今から2千年前、パレスチナの地で30年余の生涯を送ったイエスという人物に対して、どのような見解を持つか、それが私たち…