Nichinan Chapel

聖書の言葉、説教要約、小随想

高ぶってはならない

聖書箇所:オバデヤ書1章1節~4節
高慢は神様が忌み嫌われる罪です。高慢に陥らないよう常に自己吟味しましょう

1.自分を義とする

この三人はヨブに答えるのをやめた。ヨブが自分を正しいと思っていたからである。ヨブ32:1

ヨブは「正しさ」という点において非の打ち所がない人でした。それがゆえでしょうか。彼の心には知らないうちに「高慢」という罪が巣食っていたのです。そして、その高慢は「神よりも自分自身を義と」(ヨブ32:2)するほどになっていたのです。ヨブが大きな試練に遭うことを神が許されたのは、その「高慢」をあぶり出し、除去するためでした。

2.知っていると思っている

その人は高慢になっていて、何一つ理解しておらず、議論やことばの争いをする病気にかかっているのです。Ⅰテモテへ6:4

高慢な人は自分は知っていると思っています。「しかし、自分は何かを知っていると思う人がいたら、その人は、知るべきほどのことをまだ知らないのです。」(Ⅰコリ8:2)その結果「いつも学んでいるのに、いつになっても真理を知ることができない」(Ⅱテモ3:7)状態になってしまうのです。謙遜な人は自分が知らないことを知っている人です。

3.分裂を引き起こす

高ぶりがあると、ただ争いが生じるだけ。知恵は勧告を聞く者とともにある。箴言 13:10

教会の分裂・分派の根本にあるのは「高慢」です。自分が絶対正しく他の人は間違っているという偏った考え方です。もちろん、キリスト教の基本的な教理については絶対とすべきことはあるでしょう。しかし、本質的ではない聖書理解の相違で、お互いを裁き合っているならば、それはとても残念なことであり、それはサタンの喜ぶところです。

(2023年7月9日の礼拝説教要約 説教者:高森恒喜師)