Nichinan Chapel

飫肥杉香る礼拝堂 日南チャペル

行って預言せよ

聖書箇所:アモス書7章14節~15節
預言者アモスの召しから学ぶことができることは何でしょうか?

1.神の計画によって

主が、群れの世話をしていたところから私を取り、主が私にこう言われた。『行って、わたしの民イスラエルに預言せよ』と。アモス7:15

アモスはまさか自分が預言者として召されるとは夢にも思っていませんでした。彼は一介の牧者、農夫として生涯を過ごすつもりでした。しかし、神がアモスに立てていた計画は違いました。神は私たちが描く人生とは異なる方向へ導かれることもあります。その導きに従うためには神の命令に対する素直で柔軟な心が養われていなければなりません。

2.神の霊によって

私は預言者ではなかったし、預言者の仲間でもなかった。私は牧者であり、いちじく桑の木を栽培していた。アモス7:14

アモスは預言者としての訓練を受けていませんでしたし、預言者共同体にも属していませんでした。そのことは彼にとって大きな不安要素だったでしょう。神はあえて弱さをとおしてご自身の栄光を現わされるお方です。あなたは自分は神の召しにふわさしくないと思うかもしれませんが、神が召された以上、あなはたその召しにふさわしいのです。

3.神の愛によって

神、主よ。どうかお赦しください。ヤコブはどうして生き残れるでしょう。彼は小さいのです。アモス 7:2

預言者としての使命はただ神のことばを伝えるだけではありません。人々のためにとりなし祈ることも神から委ねられた重要な使命です。それはまた教会に与えられた使命でもあります。まことの神を知らない人たちは祈ることができません。だからこそ、私たちが彼らに代わって祈らなければならないのです。赦しを願わなければならないのです。

(2023年6月11日の礼拝説教要約 説教者:高森恒喜師)