Nichinan Chapel

飫肥杉香る礼拝堂 日南チャペル

霊を見分けなさい

聖書箇所:ヨハネの手紙第一4章1節~6節他
私たちはどのようにして、霊を見分けるのでしょうか?

1.異端の背後にあるもの

愛する者たち、霊をすべて信じてはいけません。Ⅰヨハネ4:1

ヨハネの手紙第一の4章1節から6節は「霊」の部分を「教え」に言い換えると、すっきりと理解することができます。しかし、「霊」とされる理由は、それらの「教え」は単なる人間の教えではなく、その背後に霊的な存在があるからです。真理の教えの背後には聖霊が、偽りの教えの背後には悪魔の存在があり、悪魔は「滅びをもたらす異端」(Ⅱペテ2:1)によって、私たちを地獄の道連れにしようとするのです。

2.異端を見分けるために

イエスを告白しない霊はみな、神からのものではありません。それは反キリストの霊です。Ⅰヨハネ4:3

ヨハネがここでイエス様の「受肉」の教えを異端を見分けるための基準として挙げたのは、当時、グノーシス思想に影響を受けたキリスト教の異端が「受肉」を否定していたからだと思われます。異端の教えは一見、正統的なキリスト教と同じように見えますが、多くの場合、キリスト教の重要な基本的教理を否定することがその特徴です。

3.聖書の教えは人のため

「安息日は人のために設けられたのです。人が安息日のために造られたのではありません。マルコ2: 27

「安息日は人のために設けられた」。これは「聖書の教えは人のために設けられた」と読み換えられます。しかし、それは聖書の教えを自分の都合の良いように解釈してもよいということではありません。聖書の教えの本質を見誤ると「教え」は人間を束縛するようになりますが、「教え」の本質を理解すれば、それは人間に自由を与えるのです。

(2023年5月28日の礼拝説教要約 説教者:高森恒喜師)