テキスト@ルカ12章5節他 説教者:高森恒喜牧師
1.神への恐れこそ信仰の初歩
恐れなければならない方を、あなたがたに教えてあげましょう。殺したあとで、ゲヘナに投げ込む権威を持っておられる方を恐れなさい。そうです。あなたがたに言います。この方を恐れなさい。(ルカ12:5)
どんなに聖書の教えに通じていても、どれだけ長く教会生活を続けていても「神への恐れ」が養われていないならば、その人はすぐに罪を犯してしまうでしょう。
「神への恐れ」の根源は神が「裁き主」であることにあります。
また「神への恐れ」は聖書の教えを学ぶ中で育まれることも忘れてはなりません(申命記4:10)。
2.神の言葉こそ信仰の規準
それゆえ私は、すべてのことについて、あなたの戒めを正しいとします。私は偽りの道をことごとく憎みます。(詩篇119篇128節)
私たちは全ての事に関して聖書の教えをその判断規準とします。
私たちの知識や経験、感情や感覚を判断規準とはしません。
「幸福」に関して言うならば聖書は「主のみ教えによって歩む人々」こそ幸いである(詩篇119:1-2)と教えています。
地位や名声や財産など自分の望むものを手に入れた人が「幸福」であると考えているならば、それは聖書の教えを規準とした歩みではありません。
3.神の選びこそ信仰の真髄
すべてのものが、わたしの父からわたしに渡されています。それで父のほかには、子を知る者がなく、子と、子が父を知らせようと心に定めた人のほかは、だれも父を知るものがありません。(マタイ11:27)
私たちは自分で創造主なる神を信じた、イエス様を救い主として受け入れた、そう思っているかもしれません。
しかし、実際のところは創造主なる神が私たちを選んでくださり、神を信じる心を与えてくださったのです。
イエス様を救い主として心に受け入れることができるようにしてくださったのです。そして、今も教会につながらせてくださっているのです。
それはただ神の恵みと憐れみによるのです。
(2017年1月1日の礼拝説教要約)