Nichinan Chapel

飫肥杉香る礼拝堂 日南チャペル

神の子どもとはどんな人?

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 「子どものようになる」とはどのようなことでしょう?今回は「~ではない」という視点から学びましょう。

 1.何も考えない人ではない

若い人には、あらゆる点で思慮深くあるように勧めなさい(テトス2:6)
単純であることと、単細胞であることとは異なります。悩まないことと何も考えないこととは違います。委ねることと、何もしないこともそうです。パウロは神に全てを委ね、悩むことなく、単純に従った人でした。同時に彼はよく祈り、よく考えて、自ら具体的な行動を起こした人でもありました。

2.わがままな人ではない

 自分の敵を愛し・・・迫害する者のために祈りなさい(マタイ5:44)

 「子供っぽい」との評価は多くの場合良いものではありません。振る舞いが幼稚だとか、少しわがままだとか、そのような人を指して使われることがほとんどではないでしょうか?聖書によると「神の子ども」と呼ばれるにふさわしい人は「敵を愛し、迫害する者のために祈る人です」。子供っぽい自己中心的な人ではありません。神の子どもとは「互いに愛し合いなさい」との最も大切なキリストの教えに素直に従う人です。

3.成長しない人ではない

私たちは・・・大人となって、キリストの・・・身丈にまで(エペソ4:13)

小さな子どもを見て、いつまでもこのままだったら可愛いのにね、と言ったりすることがあるかもしれません。しかし、実際にいつまでもそのままだったら戸惑うことでしょう。何よりもそれは健全な状態ではありません。私たちには神の子どもとして成長することが求められています。そのためにも、祈りとみことばの生活を欠かすことはできません。

説教者:高森恒喜師

(2019.6.9 礼拝説教の要約)