Nichinan Chapel

飫肥杉香る礼拝堂 日南チャペル

今週の聖句

自らをきよめれば用いられる

だれでもこれらのことから離れて自分自身をきよめるなら、その人は尊いことに用いられる器となります(Ⅱテモテ2章21節) 私たちが神様に用いられるために避けるべきこととして、パウロが具体的に言及しているのは「俗悪な無駄話」(Ⅱテモ2:16)だけで…

キリストとともに王となる

私たちが、キリストとともに死んだなら、キリストとともに生きるようになる。耐え忍んでいるなら、キリストとともに王となる(Ⅱテモテ2章11-12節) 私たちはキリストとともに王となるべく選ばれた存在です。たとえ、この地上においては一介の労働者であった…

よく考えなさい

私が言っていることをよく考えなさい。主はすべてのことについて、理解する力をあなたに与えてくださいます。(Ⅱテモテ2章7節) 聖書は霊的な書物です。ですから、私たちはそれを霊によって理解しなければなりません。ただ、この真理は聖書を理解する上で…

キリストの兵士として

キリスト・イエスの立派な兵士として私と苦しみをともにしてください。(Ⅱテモテ2章3節) 私たちクリスチャンには「兵士」としての側面があることも忘れてはいけません。兵士であるということは戦いのために召されているということです。では、戦うべき敵…

聖霊によって守りなさい

自分に委ねられた良いものを、私たちのうちに宿る聖霊によって守りなさい。(Ⅱテモテ1章14節) 「委ねられた良いもの」とは何か?それは「健全なことば(教え)」(Ⅱテモ1:13、テト1:9等)つまり「正統的な教え」です。私たちはその純粋性を最後まで…

臆病ではなく、力と愛と慎み

神は私たちに、臆病の霊ではなく、力と愛と慎みの霊を与えてくださいました。(Ⅱテモテ1章7節) 恐怖を感じること自体は悪いことではありません。もし、全く恐怖を感じなくなったら、危険を回避することができなくなります。大事なのは神の御心を行う時に…

来るべき世において、まことのいのちを得るように

来たるべき世において立派な土台となるものを自分自身のために蓄え、まことのいのちを得るように命じなさい(Ⅰテモテ6章19節) 「来たるべき世」を意識して生きているでしょうか?それとも「この世」がすべてかのように生きているでしょうか?もし、クリス…

信仰の戦いを立派に戦い、永遠のいのちを獲得せよ

信仰の戦いを立派に戦い、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたはこのために召され、多くの証人たちの前ですばらしい告白をしました。(Ⅰテモテ6章12節) 永遠のいのちを「獲得しなさい」とはどういうことだろう?永遠のいのちはイエス様を救い主として受け…

満ち足りる心

満ち足りる心を伴う敬虔こそが、大きな利益を得る道です(Ⅰテモテ6章6節) パウロは「私を強くしてくださる方によって、私はどんなことでもできる」(ピリ4:13)と言っています。それは具体的には「どんな境遇にあっても満足することができる」(ピリ…

神が造られたものはすべて良いものである

神が造られたものはすべて良いもので感謝して受けるとき、捨てるべきものは何もありません。(Ⅰテモテ4章4節) 神が造られたすべてのものは「良いもの」です。しかし、私たちがそれを感謝して受け取らなければ、また神のことばと祈りによって聖なるものと…

すべての人の贖いの代価として

キリストは、すべての人の贖いの代価として、ご自分を与えてくださいました。これは、定められた時になされた証しです(Ⅰテモテ2章6節) 「贖い」という言葉には様々な意味が内包されます。そこには「買い戻す」という意味もあり、たとえば、奴隷に売られ…

人としてのキリスト・イエス

神は唯一です。神と人との間の仲介者も唯一であり、それは人としてのキリスト・イエスです(Ⅰテモテ2章5節) なぜ「子なる神」は「人」となる必要があったのか?それは「神と人との仲介者」となるため。「神であり同時に人である」存在しか、仲介者たりえ…

すべての人が救われるように

神は、すべての人が救われて、真理を知るようになることを望んでおられます。(Ⅰテモテ2章4節) 「いのちに至る門はなんと狭く、その道もなんと細いこと..見出す者はわずか」(マタ7:14)とイエス様は言われました。しかし、神様は「すべての人が救われる…

すべての人のために、とりなし祈りなさい

すべての人のために、王たちと高い地位にあるすべての人のために願い、祈り、とりなし、感謝をささげなさい。(Ⅰテモテ2章1節) いつも、敬虔で品位を保ち、落ちついた生活を送るために大切なこと(Ⅰテモテ2:2)それは「とりなしの祈り」であると聖書は…

キリスト・イエスは罪人を救うために来られた

「キリスト・イエスは罪人を救うために世に来られた」ということばは真実であり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。(Ⅰテモテ1章15節) クリスチャンはすでに義人である、なのに多くの人が自分は罪人だと思っている。義人…

忠実な者を任命される

私は、私を強くしてくださる、私たちの主キリスト・イエスに感謝しています。キリストは私を忠実な者と認めて、この務めに任命してくださったからです。(Ⅰテモテ1章12節) 神様の目に忠実な者として認められなければ、神様は私たちが果たすべき使命のた…

目標は、愛です。

この命令が目指す目標は、きよい心と健全な良心と偽りのない信仰から生まれる愛です。(Ⅰテモテ1章5節) 目標に到達するために一番大事なこと、それは目標を見失わないことです。当たり前のことですが、いくら足が速くても、持久力があっても、並外れた精…

落ち着いて、仕事をしなさい

主イエス・キリストによって命じ、勧めます。落ち着いて仕事をし、自分で得たパンを食べなさい。(Ⅱテサロニケ3章12節) 「働かざる者、食うべからず」という有名なことわざの出典は聖書。パウロがテサロニケ人への手紙の中で、ある信徒たちを叱責した言…

自分を救う真理を愛をもって受け入れなさい

彼らが滅びるのは、自分を救う真理を愛をもって受け入れなかったからです。 (Ⅱテサロニケ2章10節) 「真理とは何なのか?」総督ピラトがどのような思いでそう言ったのかは分かりません。ただ、彼が「真理」を第一にしなかったのは確かです。多くの人にと…

神が御力によって実現してくださる

どうか私たちの神が、あなたがたを召しにふさわしい者にし、また御力によって、善を求めるあらゆる願いと、信仰から出た働きを実現してくださいますように(Ⅱテサロニケ1章11節) 神様が私たち一人ひとりを選んでくださったこと。そして、その選びにふさ…

信仰が大いに成長し、愛が増し加わった

あなたがたについて、私たちはいつも神に感謝しなければなりません...あなたがたの信仰が大いに成長し、あなたがたすべての間で、一人ひとりの互いに対する愛が増し加わっているからです。(Ⅱテサロニケ1章3節) その人の信仰が本物かどうか、もしくは健全…

中の人は関西人らしい…

ここ最近の翻訳ツールの精度向上には目を見張るものがあります。短文だけでなく長文も見事に訳してくれて、感動することもしばしば。それも無料で使用できるのですから、本当にありがたい。 ただ翻訳ツールによって、得手不得手もあるようで、たとえば長文を…

平和の神があなたを聖なる者と

平和の神ご自身が、あなたがたを完全に聖なるものとしてくださいますように。あなたがたの霊、たましいからだのすべてが、私たちの主イエス・キリストの来臨のときに、責められるところのないものとして保たれていますように。(Ⅰテサロニケ5章23節) 神…

目を覚ましていても、眠っていても

主が私たちのために死んでくださったのは、私たちが、目を覚ましていても眠っていても、主とともに生きるようになるためです。(Ⅰテサロニケ5章10節) 「主とともに生きる」ことこそ、私たちの存在目的であると聖書は教えます。そのことに納得できなかっ…

私たちは引き上げられ、空中で主を会う

まず、キリストにある死者がよみがえり、それから、生き残っている私たちが、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられ、空中で主と会うのです。(Ⅰテサロニケ4章16-17) 私たちは「空中再臨」すなわち「携挙(けいきょ)」を信じ、それが、近い将来実現…

自分の仕事に励みなさい

落ち着いた生活をし、自分の仕事に励み、自分の手で働くことを名誉としなさい。 (Ⅰテサロニケ4章11節) 「終末は間近だから、働いている場合ではありません。勉強している場合ではありません。全員、献身しなさい。福音宣教に専心しなさい。」パウロはそ…

神が召されたのは、聖さにあずからせるため

神が私たちを召されたのは、汚れたことを行わせるためではなく、聖さにあずからせるためです。(Ⅰテサロニケ4章7節) 神は私たちを「聖さ」にあずからせるために召されたと聖書は教えます。では「聖さ」とは何でしょうか?上記聖句では、それに対するもの…

愛が主にあって、豊かに

私たちがあなたがたを愛しているように、あなたがたの互いに対する愛を、またすべての人に対する愛を、主が豊かにし、あふれさせてくださいますように。(Ⅰテサロニケ3章12節) 信仰と聖霊にあふれているけれども、愛にはあふれていない、ということはあ…

神を喜ばせるためでなく、人を喜ばせるために

私たちは、神に認められて福音を委ねられた者ですから、それにふさわしく、人を喜ばせるのではなく私たちの心をお調べになる神に喜んでいただこうとして、語っているのです。(Ⅰテサロニケ2章4節) 福音を伝えたことで捕えられユダヤ人議会に引き出された…

聖霊による喜びをもって

あなたがたも、多くの苦難の中で、聖霊による喜びをもってみことばを受け入れ、私たちに、そして主に倣う者になりました。(Ⅰテサロニケ1章6節) ローマ人への手紙でパウロは「苦難さえも喜んでいます」と言いました。それは苦難が最終的に希望を生み出す…